Home > 2008年10月

2008年10月 Archive

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -

勝俣の壁紙つくった

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-23 Thu 22:29:26
  • 未分類
ほら、試験勉強とかの時に限って部屋の掃除とか始めちゃうじゃないですか。
死にてぇ。

katumata.jpg

タイ

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-12 Sun 23:00:23
  • 未分類
photo.jpg12時間かけて書いた企画書が6秒でぼつられて脳みそが腐りそうになっている。何故この年になっても、音楽を聴くと、学園祭で全校生徒前でギターを弾いている自分を想像してにやにやしてしまうんだろう。明日あたりダンプにはねられて死ぬ予感が強烈にする。

ライターの梅宮貴子さんとタイの話をしていた。タイには一度いったっこっきりで、それ以来焦がれて焦がれて仕方がない。
ああ、タイに行きたい。

タイに行ったときはテンションが上がりすぎて、一周してしまったようで、観光もせずに、何故か野良犬の写真だけを撮っていた。わき目も振らず。タイの街中には佃煮にするほど野良犬が闊歩しており、帰国後に写真をチェックしたら126枚も汚ぇ犬の写真がデジタルカメラに収まっていた。象がいる公園みたいなところに行ったのに、象をチラ見もせずに犬を探していたのだ。今は反省している。

なんでも梅宮さん、ついこの前までタイに行ってたらしい。暴動の渦中だというのに。。。まぁ、基本的に梅宮貴子さん>暴動くらいあの人はデストラクティブなので、平気なのだろう。カラシニコフとRPGで武装した一個中隊程度なら軽く全滅させそうだ。

年末にも行くので是非、とお誘いを受けて嬉しい限り。タイに着いたら、男の尻から噴出される1.5リットルのコカコーラを浴びさせてくれるらしい。タイは進んでるな。

IMGP3305.jpg

世界でも有数なほど壮大な惰眠を貪る、犬。

本当にチラ裏だなおい

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-08 Wed 01:38:57
  • 未分類
mixiというSNSサービスの利用者のハンドルネームの後ろに、
@FreeTibetと記入してあるのをよく見たけれど、最近はあまり見ないなぁ、などと思う。
どこにいってしまったのだろうか。

一時期、チベット問題を追っていた。追っていた、などというと崇高な使命に燃えて、
世界平和のためにうんぬん、みたいな印象が付随して、安っぽく、とても嫌な気持ちになるが、
世界史的にしか認識していない侵略問題が、実際に自分の目の前で生じていて、
自分はそれを報じる仕事を与えられた、という点で、深く知りたいな、と思った。

IMGP8195.jpg

これらの写真は、長野の聖火リレーで撮った写真。
代々木のデモ行進にも行ったし、個人規模での集会など、大小様々な催しに顔を出した。
特に印象が強いの長野聖火だ。反戦だのと、大仰なことを言うのは自分には出来ないが、
走り回り、この耳で聞き、この目で見た事柄から生じる感情は、怒りではなく、苛立ちだった。

IMGP8156.jpg

長野聖火は中国の国威発揚の場所であり、誰が見ても明らかなように、平和の祭典と冠されたオリンピックの1イベントというよりも、政治的な色合いに終始した、かなり特殊な場所だったように思う。
もちろん、反戦、フリーチベットを掲げる市民活動家の人々も大勢つめかけ、冷たい雨が降りしきる中、懸命に旗を振り、怒号を上げていた。

IMGP8300.jpg

中国人にとっては中国の繁栄が正義だ。反戦主義者にとっては、侵略や戦争がなくなることが正義なのだろう。中国には中華思想という強力なナショナリズムがある。これは他国民には想像は出来ても決して理解することは出来ない。だが反戦は理解できる。俺も同様だ。であるのに、一番むかついたのは、フリーチベットを掲げる人々を取材した時のことだった。

IMGP8232.jpg

祭のようなかぶりものをし、笑いあい、ビールを飲み弁当を広げ、和気藹々とピクニックの様相。
雨の中で傘もささず、先頭で叫び続ける活動家がいる一方、そのような人々もいた。
話を聞く。「チベットについてどう思いますか?」「祭りみたいなもんでしょ、活気があって楽しい」
酔っ払った女はそんなふうなことを言った。もちろん、ごく一部の人間に過ぎない。懸命に反戦を叫ぶ人々が大多数だ。しかし、一部の例外の意見と知りつつも、チベット問題に対する俺自身の感慨などあまり持ち合わせていないにも関わらず、不覚にも俺は、腹が立った。

IMGP8316.jpg

俺は後日、知り合いの編集者と酒を飲みながら、見てきたことを喋った。
ノリで反戦できるんだから幸せなもんだ、ホワイトバンド感覚で反戦語ってんじゃねぇよ、などと。編集者は言った。「その話は多分紙面に載ることはない、しかし我々がすべきことは、人々が反戦を語る意識レベルを批判することではなく、ニュースを伝えることであり、そういったお前が現場で見た事実は、お前が覚えておけばいいんだよ、その代わり、人間はそういうものなのだということに対して抱いた感情は、決して忘れるな」

腹が立ちつつも、聖火の現場で警察に捕まった大住氏を見て爆笑した俺にゃ、まぁ、そういった人々をあーだこーだ言う権利はないわなぁ。

実況

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-06 Mon 00:57:55
  • 未分類
個室ビデオ店火災:15人死亡10人重軽傷 大阪・難波

sadchadf1.jpg
- 毎日 JP -

1日午前2時55分ごろ、大阪市浪速区難波中3の雑居ビル「檜(ひのき)ビル」で火災。

なんだか昔も似たような事件があった。15人も死亡したわけであって、なんとも凄惨な事件だ。こういった事件が乱発すると、当然、国が乱れる。国が乱れると犯罪が増える。犯罪が増えると、我々のような平民は道を歩いているだけで、悪漢や麻薬を吸った非行少年達に、静止を求められ、財布を奪われた上で殺されるというようなことが往々にして起こようになり、まぁ、殺されたりすると、我々は悲しいような気持ちになる。恐ろしいことだ。雑居ビルの乱立、緊急退路の未整備、客と店員のそれぞれの怠慢、そういったちょっとした公衆道徳の欠如から、こういった悲劇は生まれるわけで、隣近所の人と煮物を交換したり、商店のシャッターにスプレーで落書きをしている人を見たら「ちゃんと水溶性ラッカーを使え、クソが」と助言をしたりして、風紀の行き届いた社会を作って行きたいものですね。

なんてあんまり思っていないけど、この書き込みが怖かった。

↓↓↓
jsjd2.jpg

@大阪、と書く時点で、作為が読み取れるような気もするが、時間が絶妙。

写真を撮りに

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-04 Sat 19:03:22
  • 未分類
鶴岡八幡宮流鏑馬神事。
流鏑馬は平安時代に端を発する軍事訓練だった。
現在では各地で神事として行われているが、
そのダイナミズムは戦争用の技術だった本質を忘れていない。



記者として行った筈が、何故か報道席で写真を撮ることに。
フォトグラファーは別にいるのにもかかわらず。
司馬遼太郎氏の運転手を勤めていたN氏だ。ベテランだ。

DSC_0056.jpg

とても陳腐な表現だが、馬は兵器なのだと思った。
遠方からひづめの音が聞こえ始めたと思ったやいなや、
馬は目の前にいるのだ。大地が揺れる。

DSC_0026.jpg

弓矢が空気を切り裂く音が聞こえる。報道席は的から3メートルも離れていない。
一度、矢が命中して粉砕された的の破片が降ってきた。
後ろで写真を撮っていた共同通信の白人のねーちゃんといっしょに笑った。

頭が痛かった

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-03 Fri 01:28:27
  • 未分類
朝から頭が痛い。
風邪にしては喉や鼻は悪くないし、睡眠不足でもない。

昔は神経質な性質で、小学生の頃は夕方になると偏頭痛を起こしていた。
何故かわからないが、夕方のどんよりとした紫色の空を見ると、
頭が痛くなって、心の中に尖った何か小さなものが混入したような気持ちになった。

家の中から、窓越しに紫色を見ているのだが、恐ろしいような気持ちになって、
窓の縁を手放せなかった。空を横切る鳥だとか、風に巻かれる樹木だとか、
そういったものは、紫の中に消滅していくのだと信じた。

そして母だとか、友だとか、今目の前にいない人々はあそこにいるのだと信じた。
置いていかれた、というような寂寥感とともに、今自分がここにいることに安堵していた。
今ここにいない人々はあの紫の先にいる。俺の涅槃の色だった。

そんな偏頭痛も成長期を終えるとなくなった。
おかしいな、と考え、喉が渇いたな、と水道をひねり、気付いた。
これはただの二日酔いだよ。

清純派

  • Posted by: 仇川 瞬一郎
  • 2008-10-01 Wed 23:48:58
  • 未分類
「清純」という言葉でグーグルというホームページを使用して画像検索をすると、
清純ではない女史の画像がどっさり検出される現状は如何に。

ggole.jpg

20080114135319s.jpgそもそも清純な女とは何だ? こんなか→

一般的な見解を収集するべくインターネットで情報を集めたところ、以下のような発言が見られた。

・しゃいで、人見知りする恥ずかしがり屋で、自己主張もしない人間

・処女じゃなくとも話しててすぐ顔赤らめたりする子はなんか清純ぽい

・笑う時手を叩かない子

・処女でスレンダーで白のワンピースと麦わら帽子が似合っててロングヘアーでえへへと笑うさわやかな女の子

・世間や周りの人間に毒されていない女こそ、清純


まぁ、ひとつの言葉に対する人間のイメージとは、千差万別だが、
やはり「清純」という言葉に関しては、ある一定の指針は得られるようだ。
しかし考えてみるとこんな女はいない。見たこともない。
そもそも話をして顔を赤らめる人間は赤面症といって立派な神経症の一種だから、
もしも実生活に支障をきたすようならばなるべく早く、カウンセラーの診療を受けたほうがいい。

しかし清純な女、という単語はよくよく見受けられるが、清純な男という単語はあまり見ない。
清純な男。世の中の男性が「清純な女とやりたい」とよく口にするように、
世の中の女性は「清純な男とやりたい」のだろうか。では清純な男とは?

上記の意見を参考にすると、清純な男とは、
しゃいで、人見知りする恥ずかしがり屋で、自己主張をせず、童貞ではなくとも人と話すと顔を赤らめ、笑うときに手を叩かないうえに、童貞でスレンダーで白のワンピースと麦わら帽子が似合っててロングヘアーで時にえへへ、と笑い、世間や周りの人間に毒されていない男。

痩せててロン毛で白いワンピースを着た男ってそりゃ大阪のバンドマンかよ。
白いワンピースは無理があるので、白い服にしていいと思う。
童貞で童貞じゃない、というサルトル先生でも頭を悩ますような問題も無視だ。

さて、しゃいで、白い服、麦藁帽子、えへへと笑い、世間や周囲に流されない。
スレンダーとロングヘアーを思い切りぶっちぎると、最大公約数的に一人の人物が浮かび上がる。

山下清

51T6Srf24DL.jpg

ゲシュタルト崩壊するまで「清純」について考えて結果がこれか。

Index of all entries

Home > 2008年10月

タグクラウド
ブログ内検索
RSSフィード

Return to page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。